理学療法士学生からの質問に真面目に返答「臨床で辛いことは?」

私は養成校の教員ではないのですが、非常勤講師として関わることがありました。

その時に、質問を受け付けており、その中でこちらで共有できたらということを随時書いていきます。

関わる大人が少なくなっていますから、こんな記事でも、「なるほどな」と考えのヒントになればと思っています。

今回の質問は…「臨床で辛いことは?」です!

Q:臨床で辛いことは?

まぁ結構ありますが…そう思い返してなんだろうと思うと、大きく3つです。
①亡くなった時
②関わりの中で思うような状態にならない時
③担当変更を希望された時
は辛いですね。

一つずつ、細かくみていきます。

A:①亡くなった時

急性期でなくとも、医療を必要とする方の場合、正直「いつ何があってもおかしくない方」を担当するケースが多いです。

 

昨日まで元気だったのに…

ということも普通にあります。
自分が担当で、術後数日して亡くなられた方は訃報を聞いた時には本当に辛かったですね。
慣れるものではないかもしれませんが、人は亡くなるという事実と向き合う頻度は増えますよね。

A:②関わりの中で思うような状態にならない時

みんながみんなよくなる訳でもないので、「改善しない」ではなく、「思うような状態にならない(≒ゴールを達成できていない)」
時と書いています。

こんな時は、しんどさや、申し訳なさも交じって、辛いですね。

理学療法って、何かモノを作る訳でもなく、関わる方の状況なので、僕だけのせいでないようにすることもできますが、それしちゃったらいる意味すらなくなっちゃうので。

知識のなさ、説明の下手さ、信頼のされなさ、ハンドリングの下手さ、課題の設定の甘さなど、色々な自分の至らない点が見つかりますよね。
すごく嫌になったこともありましたが、寝て起きたらスーパーマンになっている訳でもなく、コツコツ・丁寧にやるしかないという境地に、今はいます。

③担当変更を希望された時

②に近いといえば近いのですが、なんとなく人格を否定されたように感じてしまっていたこともあり、辛かったですね。実数としては、病院で勤務していた時代よりも、訪問での方が多いです。病院という、患者・利用者さんにとっての非日常よりも、家というまさにホームの方が、正直な意見を言えるのもあるかなと思っています。
そして、この出来事から学んだことが2つあります。
1つは、スキル的な課題より、コミュニケーションの課題で変更要請されることが95%以上であるということ。
正直、手技などが上手いか下手かということは、受ける側が正確に分かるかっていうと、そうでもないんです。
それ以上に、説明が雑、時間に対する感覚がズレる、同意を得てない状況での過負荷な運動、言い合いになってしまう
など、コミュニケーション上でのトラブル・不快感などが理由で、変更を希望されることが多かったです。

2つ目は、「人間同士の相性で、100%誰からも好かれる人なんていないから、これを理由に辞める必要はない」ということ。
これは、僕自身が部下をもつ立場になり、部下が担当変更を言われた時のフォローをしていて出てきた言葉でした。
部下に言っておきながら、過去に変更された自分に言っていたようにも思います。

まとめ

いかがでしたか。大人になってくると、あまり辛いことを具体的に聞く機会というのも減ってきます。
これを読んで、向いている・いないは判断できるものではありませんが、臨床に出ている人や、同じように感じた人が
「自分だけじゃないんだ」と感じてくれたら嬉しいです。

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